仕事に楽しさを求めるか給料を求めるか、この二者択一(?)は求職者永遠の課題です。就職した後も多くの人はこの問いに向かい続け、ある人は夢を追って仕事をやめ、ある人は閑職に追い込まれてなお職にしがみついています。またある人は給与の少なさに絶望し、より報酬の高い仕事を求めて転職活動をしています。
人それぞれ価値観は異なり、重視するポイントも人それぞれですから、この問いに答えるのは簡単ではありません。それに、給料が高ければ他のすべてが我慢できるようなものでもありません。
それはともかく、僕の答えは、「楽しさの方が大切」です。これには深い理由があります……。
(前提)楽しさと給料はトレード・オフではない
まず、楽しい仕事と給料のいい仕事はトレード・オフではありません。給料の多寡は、単純化すれば、需要と供給と、雇い主の懐事情で決まります。基本的にみんながやりたがる仕事は給料が安いですし、やりたがらない仕事は給料が高いです。そして儲かっているところは給料が高いですし、儲かっていない所は給料が安いです。これを踏まえると、楽しくて給料が高い仕事をやろうと思ったら、「誰もやりたがらなくて」「儲かっていて」「でも自分は楽しいと思う仕事」をやればよいことになります。まぁ、給料が高い仕事の新卒はほぼ無条件で倍率が高いですから、そう簡単にはいかないわけですが。
- ※前提として、事象Aと事象Bがトレードオフになる場合とは、事象Aと事象Bが背反である場合、さらに言えば、事象「Aでない」から事象Bが導ける場合です。この場合、「楽しい」は主観、「給料が高い」は客観です。
(給料の多寡も主観だと主張されるかもしれません。その意見には全く同意ですが、「楽しい」と比較すると客観的ですから、今は客観ということにしてください)
さて、前提は確認しました。ここからはもっと深い話をしていきます。
給料以上のものを仕事で得よう
仕事は給料を得るためだと主張する人は少なくありませんが、ホワイトとされる955(9時から5時まで週5日)ですら、平日の覚醒時間の半分以上を仕事に捧げるわけで、給与所得のためだけにこの犠牲は、割に合わないと思います。
仕事をするメリットの第一は、自己紹介がしやすくなることです。仮にあなたが車屋だとしましょう。初めて会う友達に自己紹介をするとき、まず自分の名前を紹介して、仕事を紹介して、それから出身地とか大学とか、その辺の紹介をするでしょう。そしてそれを聞いた相手は、あなたのことを車屋の人で記憶します。次に車関係で相談があれば、まずあなたにあたるかもしれません。

仕事は絶対に好きな業界で働くのがいいです。車屋でないと車業界のことはわからないでしょうし、伝統産業のことが知りたくて好きなら、その業界に入るのがいいです。「業界内部に入る」とは、値千金どころの話ではないのです。
人と関わる機会があっても、自分がどんな人間で、信用に足る人間であることを認めてもらえなければ、実のある展開は期待できません。信用していない人間に重要な情報は教えないし、仕事も回さないからです。某漫画の主人公が「人脈と信用が大切」と言及していたが、まさにそうです。ある程度大きなことをやろうと思ったら、人と人との繋がりが大切になります。知り合いが多いだけではなくて、「この人なら信頼できる」「まじめに仕事をやってくれる」の安心感がないと、先々につなげられないし、目の前の仕事も覚束ないです。

「社会資本」を得よう
この信頼のことを社会資本と呼びます。これは一朝一夕では手に入りません。お金があれば手に入る性質のものでもありません。目の前の仕事を愚直にこなし、周りのみんなを儲けさせ、幸せにして、そしてすべてに感謝してこそ得られるものです。そして社会資本を得るには、仕事としてその業界ないし作品、製品に本気で向き合う(少なくとも、周りからそう見られる)必要があります。最終的に業界の振興の担い手になろうと思ったら、業界内の信用と顔の広さは必須です。プラトンは、ソクラテスの言葉として以下の言葉を紹介しています。「一番大切なことは、単に生きることではなく、善く生きることである」。めくるめく未来を想像して、世のため人のため、そして自分のために生きるのと、単に給与所得のために生きるのでは、天と地ほどの差があります。
仕事として本気で向き合おうとしたとき、嫌いなことに熱量を持って向き合うのは、こだわりが強い人間にとってかなり難しいことだと思います。嫌いなことにフルコミットなどできるはずがないのです。まぁ、出来のいい諸兄はできると思うので、僕にはできないだけの話です

楽しくない仕事で品格を見せよう
世の中の仕事には雑用も多いです。単に荷物を運ぶだけとか、新聞を読んでコピーして回覧に回すとか、ひたすらハンコを押すとか、封筒にひたすら詰めるとか。仕事が信用につながるといっても、雑用までする必要があるのか、疑問に思う向きもあるかもしれません。
さて、某漫画の主人公はこうも言っています。「動くべき時に動けるか、それができる人間はたとえ泥にまみれても綺麗だ」。これこそnobless oblige(ノブレス・オブリージュ、「位高ければ徳高きを要す」)の神髄であり、雑用のような仕事こそ、自分の品格を磨くのです。だから雑用を振られたら、「爆速で終わらせる!!」のノリでやるのがおすすめです。早く終わらせて雑用全てを平らげたら、面白い仕事が降ってくるものです。

今の時期は、新しい環境で辞めるだの辞めないだのと騒がしいです。周りでも仕事が好きな人嫌いな人、色々いますが、やめる人は概して「社会資本」の概念を欠いていると思います。好きな人でも考慮していない場合は多いです。「後悔しない、最善の選択」を取ろうと思ったら、目先の報酬──給与所得とか──だけに目を向けず、広い目で見て、取れるだけ情報を取り、持続可能性のある決断を下すのが大切です。
「人間はポリス的動物である」とアリストテレスは言いました。人間は一人で生きていけないのですから、他人とのかかわりを軸に人生を設計するのは、決して悪い選択ではないでしょう。




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